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「はぁっ……はぁっ」
木々の匂いと土の匂いが混ざりむせ返るような空気で満たされた森の中を、少女は息を切らせて走っていた。
木漏れ日に照らされる彼女の背丈は低く、年の頃は五、六歳ほど。最近伸ばし始めたブロンドの髪が乱れるのもかまわず、幼子特有のふっくらとした頬を上気させ、大きな碧の瞳に涙を浮かべて彼女はひた走る。
母親にねだって買ってもらった白いローブも跳ねた泥に汚れ、走っているうちに露出してしまった手足には小枝が擦れて微かに血が滲んでいた。
途中、息が苦しくなって思わず脚を止めそうになり、それでも唇を噛んでなんとか走る。
止まってしまえば自分は食べられてしまう。それが分かっていたからだ。
「うぅ……!」
思わず泣いてしまいそうになるが何とか抑え込む。
今日ここに連れてきて貰うかわりに泣いて迷惑をかけないと約束したのだ。だから、絶対泣かない。
慣れない森の中を走り回ったせいで脚は震え、心臓は壊れてしまったかのように早鐘を打つ。
限界だった。
もう追ってきていませんように……祈るように背後を振り返った瞬間、地面をのたくる木の根に足を取られ、少女の身体が宙に浮いた。
「あっ!」
驚きの声を上げると同時、小さな身体は前のめりに倒れこんだ。腹から背中を抜けていく痛みと衝撃に一瞬息が吸えなくなり蹲る。
直後、声も出せずにもがいている少女の背後にある茂みが激しく揺れ、ソレは飛び出してきた。
黄金の瞳に鋭い牙、細くも逞しい四肢にピンとたった耳、血のように赤い舌を口から出しながら短い間隔の呼吸を繰り返す獣ー-狼だ。
ただし、その全高は少女の身長の倍はあり、なにより、風に靡くその体毛は新月の夜を固めたような闇で出来ていた。
闇で出来た狼ーー闇狼は少女の姿をその瞳に捉えると、今までの動きが嘘のように緩慢な動きで少女に近づいていく。
「うぅっ……来ないで!」
痛みに痺れる身体を何とか上半身だけ起こして後退る。立ち上がろうにも、既に限界まで酷使していた脚は言うことを聞かずただ震えるだけ。それに、闇狼の動きで少女は朧げにだが理解してしまった。
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