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「何だろう、この本」 単行本の書籍が収まっている本棚。著者名が『さ』から『し』に変わる間に、その本があった。 背表紙は真っ黒。 書籍の題名も、著者名も記されていない。 図書館通いを始めて三年。二週間に一回、必ず訪れているのに、その本を目にするのは初めてだった。 興味本意から、その本を抜き取る。表紙も真っ黒。裏表紙も真っ黒。 ただ、表紙の左下に、貸し出し用のバーコードが貼り付けられているだけだ。 ページを捲る。目次。一章、二章、三章、と計六章まで記されている。捲る。 『一章』 『その日は、朝から小振りな雨が降っていた。微かに聞こえる雨音。窓を開けて、目を凝らして視認できるほどの小さな雨粒。傘を差して出掛けるべきか迷う。いっそのこと、耳障りなほど強く激しく降ってくれないだろうか。灰色の空から降る小雨を疎ましく思いながらも、私は出掛ける支度をした』 この本の主人公は、小雨が嫌いで、土砂降りの雨が好き。激しく傘を叩く雨音が好き。 水飛沫を撒き散らす自動車、傘を手に片手運転する危険な自転車、濡れていく街を歩くのが好き。 数十行読んで、得られた感想はそれだけ。まだ、ジャンルすら分からない。 題名も、著者も、ジャンルも不明な書籍。面白い。この本はきっと、作者からの挑戦だ。 名前を明かさず、題名からストーリーを推測させない。事前情報を無しに、作品を心から楽しむ。きっと、そんな趣向だ。 私は、読みたいと思った作品は、誰にも邪魔されない、静かな一人の空間で、じっくりと物語に没入したい性格。 図書館で立ち読みは出来ない。読書スペースで座って読むことも。 必然的にこの真っ黒な本は、借りると決定した。貸し出し期間は二週間。 いつもは五、六冊貸し出しカウンターに持って行くが、この真っ黒な本以外に時間を割きたくないのと、早く読みたい気持ちがあった。
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