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「……いいんだよ、分かんなくったって。でも……だから、何て言うか……お前が居なくなって、またあの時みたいに、テキトーに仕事して、テキトーに女と関わってくのかと思うと……やってらんねえなって」
唇を噛んだ涼ちゃんの目が少しだけ潤んでいて、私は、はっとさせられた。
「トラックで帰って来る時、そこの角曲がる瞬間、いつもお前の事考える。悦子さんと一緒に笑ってる声が漏れてきて、味噌汁の匂いがしたりして……お前、俺がどうしたいのかって俺に聞いたじゃん?」
「……うん」
「あの瞬間が……ずっと続けば良いのにって思う……マジで」
涼ちゃんが帰って来ると、トラックのタイヤが砂利を踏みつける音でわかる。私も、あの瞬間が待ち遠しかった。白かったTシャツの裾は黒く汚れてしまっていて、疲労感を引きずりながらも、トラックの荷台に飛び乗る涼ちゃんの背中は、死ぬほどカッコいいと思っていた。
「私も。あの瞬間、大好き。帰って来た時の涼ちゃん、不思議とカッコよく見えて、めちゃくちゃドキドキする」
口に出して急に恥ずかしくなるパターン。ふたりしてちょっと吹き出して、私は涼ちゃんの肩を意味もなく叩いた。
「いてえな」
一通り笑い終えて、また少し黙る。
「嬉しい時は、嬉しい顔して」
私にそう言われた涼ちゃんはにかんだ。初めて見るその表情はとても柔らかくて、平和で、胸がいっぱいになった。
「……やべえな、俺……お前、もう帰るのやめろよ」
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