『良心なき快楽』と『道徳なき商業』

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 コウタは左腕に装着したウェアラブル端末を確認する。時刻は午後八時。コウタにとって、それは遅い夕食というより、むしろタイミング的には早い方だった。 「じゃ、少しだけ……」  アザニア復興の中心地であるこの街は、人口も多くにぎわっている。メトロの駅は、旧スラム街に位置しているため、周囲は貧困層の居住エリアであるが、前方にはアザニアの象徴であるストロナペスと呼ばれる超高層ビルがそびえていた。  施工は日系企業の田邊重工株式会社。オフィスビルとしだけでなく、アザニアの政治中枢としても機能している同ビルには、国家情報調整委員会本部と、政治的意思決定支援システム『ミソラ』の管理中枢が存在する。 「あのビル、こうしてみると綺麗だな」  舗装が行き届いていないデコボコの地面を歩きながらコウタが呟く。ライトアップされたストロナペスは宵闇に浮かび上がる天空の城のようだ。 「そうかしら。まるで、格差社会の象徴のよう」  ストロナペスの周囲は、旧スラム街と、ゴーストタウンに近い商業区画が取り囲んでいる。半世紀に及ぶ内戦で、このあたりの主要な建造物の多くは消失してしまったか、あるいは瓦礫の山となっているのだ。 「ここよ」  サラは小さなガラス扉を開け、店内のカウンター席に腰かけた。 「それは、どんな本なんだい?」     
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