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#現世
「お~い時田。」 「飲みに行こ~ぜ~」
そんな二人の声を背に受けながら、僕は機械に熱中していた。いつもの決まり文句、
「行けたら行くよ。」
僕の『行けたら行く』は百分率で5%くらいだろうか。
「あの~今度の日曜日、お暇じゃないでしょうか…コンサートのチケットがあるんですけど…」
うちの課で美人と評判の西村さんだ。何度か食事をした仲だが、其れを世間的にデートと言うのかは解らないが。
彼女は僕の事が気にいってしまったらしい。彼女が言うには僕に運命的な何を感じたとさ。今時の女子高生だってそんなチョロく無いぞ。
僕は彼女に気がある、なんて事は勿論無い。
「ここんとこ忙しいからさ。悪いけど…」
そんなん行くなら仕事をしていたい。
「クーーー!!」もったいねえやつ!」 「あいつ、機械と恋愛してるもんなぁ。」
モテない奴等の僻みなんて知らんよ。
僕の名前は時田浩太郎。大洋電機の製品開発課に勤めている。顔が人並みに良いせいか、言い寄られることも一度や二度では無い。
皆が言うように、女の子が嫌いなわけではない。ただ、その気にならないだけなんだ。
実は僕は同性愛者というオチだ、なんて事は絶対に無い。
ある日のことだった。
「なにぃ!?試作品を輸送中のトラックに落雷したぁ?……ケガ人はいない……そうか、よろしく頼むよ。」
そう言って課長は電話を切った。
「時田、試作品2台のうち1台が故障、もう1台が行方不明らしい。あれ、復元出来るか。」
正直に言って出来ない。なんて事は絶対に無い。
数日後、破損した試作品が戻ってきた。試作品とはこのTV電話で、静止画像でない最新式モデルのものだ。
「こりゃダメですねー。ICが全部やられてる。」
電子基盤のほとんどが焼け焦げていた。
「もうちょっと調べてから技研に回します。」
課長が渋い顔をしながら言った。
「まったくツイてないな…」
行方不明のもう1台はまだ見つかっていない。
夜。
僕はあのTV電話を復元しようと試行錯誤していた。
その時だった。
けたたましいヒューズ音とともに朧げながら画像が映った。
「何で…何で映るんだ!?」
霧が晴れるように、画像が鮮明になっていった。
そこには金糸で彩られた単を着ている女性が映っていた。
「…き…綺麗な人だな…」
僕は、TV電話に画像が現れたその驚きよりも、画面の女性の何とも言えぬ美しさに茫然とした。
次の日、僕はあのTV電話をこっそり持って帰った。
画面に現れた女性にもう一度会いたかったからだ。
家で何度も何度も試したが、あの女性が映ることは無かった。
「でも…あれは目の錯覚なんかじゃなかった!」
しかし、映らないのだ。
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