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「お久しぶりです」
なんとなく外へと出て散歩していたら、見覚えのある男の顔を見つけた。テオドロスは、顔をしかめるのをなんとか堪えた。別に悪印象であった訳ではないが、どうしてか会いたくない相手だった。
「ご主人とはうまくいっているのですか?」
にこりと笑うスーツの男に、愛想笑いをしてその場を去ろうとした。
「ご主人様、結婚はなさっているんですか?」
「……してませんけど」
「楽しみですね」
にこりと笑った顔の中、目だけが笑っていない気がして、嫌な気分になる。しかし、それもおそらくテオドロスの気持ちを反映してのことだと思い直す。奥歯を噛み締めながら、テオドロスは皆人の瞳を見つめた。
「素敵な方と結婚して、いい家庭を築いて! ああ、でも愛犬家ならしばらく貴方に夢中かもしれませんね」
飼い犬冥利に尽きますね、と一方的に彼は喋った。その様子は人当たりがよく、不快感を覚えるところなど等何もなかったはずなのに、モヤモヤとしたものが心に蔓延していった。
男であるだけでなく、隷獣の自分では与えることのできない世界がチラチラと頭をよぎった。気を逸らすように空を見上げれば、真っ青で雲ひとつないのに、その青さが妙に目に痛い。輝く太陽の下、彼と歩くのはテオドロスではなかった。暗い顔をしているテオドロスを見て、皆人は少し眉を寄せて、言った。
「もしや……道ならぬ恋を? それは申し訳ない……今の世界じゃ隷獣と人の恋愛は難しいですからね、辛いでしょう、応援していますよ」
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