はぐれた狼の話

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 翌日、彼女の部屋から出て行くところで、知り合いに鉢合わせた。羊の角を生やしたその男は、能天気にテオドロスに話しかける。 「また新人さん?」 「ああ。クロードさんは?」 「俺はねー、次から大仕事! なんとあの清澤社の秘書に会いにいくんだー」  三十過ぎた見た目に伸ばしっぱなしのウェーブを描いた髪、無精ひげに、年齢に見合わない口調。頭が悪そうにも見える彼がこの団体の幹部だというのだから、おかしなものだとテオドロスは幾度となく思った。 「そりゃ大変だ。俺は無印の狼だから清澤社のことはよく知らないけどな」  正直全く興味はなかった。そもそも、こんな見た目の男があの清澤社の敷居を跨げるはずがないからだ。 「ハハハー、でも感慨深いなぁ、目を真っ赤に腫らしてきた君が、無表情で汚れ仕事でもなんでもするんだから」  彼はまた何も考えてないような顔で、にこにこと言った。だからといってテオドロスの癇に障ることもない。彼には欠片も悪意がなかったからだった。 「もう泣かないの?」  首を傾げる男には、本当にどこまでも悪意はない。 「あの人以外に俺が怖いと思うものも、俺を揺らすものもないからな」 「そこまで好きなら帰ればいいのに」  微妙に会話の噛み合わない彼は、ただ不思議そうに首を傾げた。彼にふっと笑いかけて、テオドロスはクロードの手を握った。一晩中女の頭の下に敷かれ、血が通い難かったテオドロスの手は冷たく、クロードの熱を奪った。 「俺の手、冷たいだろう。相手の暖かさを奪うばかりで、何もしてやれない位なら……いない方がマシだ」 「でも、いつかお互い暖まるよ」  テオドロスは少しだけ目頭が熱くなり、誤魔化すようにサングラスを上げ直した。そして、クロードの手を離して背を向けた。
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