はぐれた狼の話

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 その日も、おかえり、と言う準備をして玄関のドアを開けた。ドアの向こう全く見知らぬ男が、背筋をピシリと伸ばして立っていた。きっちりと撫で付けられたオールバックに、パリッとノリの効いたシャツ、綺麗に磨かれた革靴。しっかりとした雰囲気が伝わってきた。むしろ、細い銀フレームといい、少し神経質さすら感じる。彼は、その神経質そうな口元を緩め、目を細めて言った。 「こんにちは、隷獣愛護団体カーマインです」  聞きなれない名前に、テオドロスはドアを閉めようとドアノブにかけた指に力を込める。その瞬間、相手はぺこりと頭を下げ、すっと目の前に名刺が差し出され、閉め損なった。勢いに押されて、相手から名刺を受け取ってしまう。 「この度少しでもいいのでテオドロスさんにお話を聞いていただきたく思い、やってまいりました。私、愛護団体員の、安芸皆人と申します、よろしくお願いいたします」  いつの間にか玄関の内側に入られている。すらすらと淀みなく喋る姿はやはりきちんとして見えたが、宗教の勧誘のような胡散臭さをテオドロスに感じさせた。ピリリとした緊張感を持ちながら、首をかしげる。 「ああ、別に勧誘したい訳ではないんですよ。勿論勧誘出来たらそれが一番なんですけどね」  にこにこと笑いながら、言う。 「はぁ……」  くだけた話し方に、肩の力が少しだけ抜ける。まぁ、聞くだけならしょうがない、と半ば諦めつつ耳を傾ける。 「主要な目的は、そういう団体が世界に存在していて、こんな活動をしているんだーっていうのを知って頂くことにあるんですよ」  彼はしばらくぺらぺらと、団体の理念などを話していた。それを、はぁ、とか、うんとか生返事をしながら聞いていた。彼の話よりも、途中のままでまだ畳んでいない洗濯物のほうが気になっていた。一通り彼が喋り終え、帰るような素振りを見せたので、テオドロスは顔を上げた。途端、彼の声のトーンがすっと落ちる。 「テオドロスさん……自由になりたくはないですか?」  テオドロスの眉が寄った。自由というものが何を指しているのか全く分からず、実感もなかった。それに、テオドロスにとっては自由よりも、大樹との生活が保証された現状の方が重要だった。迷わず彼は首を横に振った。
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