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「……もおっ、水くさいわねっ。
わたしのこと、『誠子』って呼んでいいわよ」
……いやいやいや。呼べませんって。
水野さんもぷるぷるぷる…と左右に首を振っている。
「で…でも、水野さんの気持ち、わかる気がするかも。わたしなんか、ちゃんと勉強した最後の記憶は幼稚園のお受験なんだから」
わたしは脱力した気力を手繰り寄せながら、話を戻した。
「彩乃……『七海』よ。
わたしたち、秘書室の三人しかいない女子社員じゃない。他人行儀はやめましょう」
大橋さんが諭すように言う。
……どの口が言う!?
「あ…彩乃さん……」
あ、水野さんは波風を立たせたくない派だ。
彼女の目からはお局さまに見えるわたしと大橋さんを、いがみ合わせるわけにはいかないと思ったのだろう。
「副社長って、確かKO大を出てケンブリッジまで卒業してますよね?彩乃さんたち、普段はどんな話をしてるんですか?おバカなこと言ったら、副社長から呆れられたりしません?」
彼女が前のめりで訊く。
「そうよ、七海……その調子よ」
大橋さんが「ひろみ」ではなく「ななみ」に、お蝶夫人のように大上段から肯いている。
……普段、将吾さんとどんな話を、って言われてもなぁ。そもそも、出会ってまだ間もないし。正直、なにを考えてるのか、わかんないことだらけだし。
「えっと……七海ちゃん、ほんとに他愛のない話だよ。それこそ、覚えてないくらい」
わたしはなんとか答える。
「えーっ、副社長を相手にしてですか?
すっごいイケメンだから、話していると緊張してどきどきしたりしません?」
わたしは首を振った。イケメンは親戚一同で慣れているのかもしれないけど……
そういえば、将吾さんにはわりと、言いたいことがすんなり言えてるなぁ。出会ったばかりの、政略結婚の相手にしては……
……向こうの方が、何百倍も何千倍も言いたい放題だけど。
「結婚したら日常生活になるんだから、それこそ他愛のない普通の会話で、しちめんどくさい小難しい話なんて、しないんじゃないの?」
大橋さんが平然と言った。
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