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廊下の向こうから和服姿で母親の喜和子が出てきて、
「……まぁ、将吾さん、本日はよくお越しくださいました」
しっとりと頭を下げる。
「これは、お口に合えばよいのですが……」
そう言って、将吾さんが手にしていた紙袋を差し出す。
「ずるーいっ!自分は手土産持ってくるんだっ。
わたしは突然、実家に連れていかれて手ぶらだったのにっ」
わたしは思わず、しかめっ面でごちた。
「彩乃っ。はしたないわよっ。
……それに、あなた、将吾さんのご実家になにも持たずにお邪魔したのっ!?」
母親は先程の「しっとりと頭を下げ」た人と同一人物とは思えない形相になった。
ちらりと将吾さんを見ると、してやったりの顔をしている。お義母さまにやられたことに対する、わたしへの復讐なんだわ。
「将吾さん、こんな娘で申し訳ありませんねぇ。
ほんとにこの子と結婚して大丈夫なのかしら?」
おいおい、実の母親が言う言葉か?
それに、政略結婚だから、そんなのノープロブレムなのよ。
「僕は彩乃さんのこういう飾らないところに魅かれたので。一緒にいて、肩肘張らずにホッとできますから」
将吾さんが微笑みながら、心にもないことをしれっと言う。天性の結婚詐欺師だな。
母親はコロッと騙されるだろう。
「彩乃、あなたのことをよくわかってくださる方とご縁に恵まれて、本当によかったわね」
……ほらね。
「まぁ、もしかしたら『勘兵衛』かしら?」
母親は風呂敷包みを取り出してつぶやいた。
……げっ、テリーヌ・オ・ショコラじゃないでしょうね?
丹波栗と丹波黒豆のテリーヌ・オ・ショコラは一日五本だけの限定生産だ。コーヒーや紅茶にはもちろん緑茶にも合う、洋菓子にも和菓子にもなるスイーツだ。
「おばあちゃまがお好きなのよ。本当にありがとうございます。食後にみんなでいただきましょうね」
おばあさまの陥落が確定した。
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