とりあえず、身ひとつで参ります

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噴水を前にしてそびえ立つ大谷石のクラシックな洋館の、ロココ様式の柱が連なるエントランスに、わたしは立っていた。 今日からの「わたしんち」は、明治時代の華族が国内外の貴人たちをもてなすために所有していたという「迎賓館」だ。 ぼんやり佇んでいたら、島村さんのお母さんでこの家のハウスキーパーでもある静枝さんと、島村さんの妹のわかばさんが出迎えてくれた。 結納からほぼ一週間後、日曜日であるこの日は、将吾さんとお義父(とう)さまと島村さんは接待のゴルフコンペ、お義母(かあ)さまはスウェーデンのストックホルムへ買い付けのために出張中だと聞いている。 「……今日からお世話になります。彩乃です。 これからよろしくお願いします」 わたしは頭を下げた。 朝比奈 彩乃です、と言おうと思ったが、富多の家に来たからには、なんだかそぐわないような気がして、実家の名字はつけず名前だけを名乗った。 「彩乃さま、こちらこそよろしくお願い申し上げます」 静枝さんはわたしよりも深くお辞儀した。 並んだわかばさんもぺこり、と頭を下げた。 「……わかば、彩乃さまをお部屋にご案内して」 静枝さんがわかばさんに指示した。 「あ…彩乃さま、お荷物は……」 わかばさんがおずおずと尋ねる。 「ありがとう、わかばさん。今日はこれだけだから」 わたしは持っていたエルメスのタンジェリンカラーのドゥパリを見た。 荷物といっても、家具類は用意する必要がないと言われているので、すでに衣類など身の回りのものをまとめて送っていた。 今日は「身ひとつ」でやってきたのだ。 「……それでは、お部屋にご案内します」 わかばさんが先に立って、わたしを促した。
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