とりあえず、身ひとつで参ります

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「……彩乃さまのお部屋はこちらです」 わかばさんがダークブラウンの扉を開けた。 目の前に見えたのは、白木のクローゼットやドレッサーはもちろん、カーテンやベッドスプレッドに至るまで、フレンチカントリーに統一された十五帖ほどもある部屋だった。 この家で、わたしのインテリアの好みを知っているのは、たった一人しかいない。 ……たぶん、実際に揃えたのは島村さんだろうけど。 「それでは…あたし…失礼します」 わかばさんが一礼して下がろうとする。 「あ…わかばさん、どうもありがとう」 わたしが礼を述べると、 「呼び捨てでいいですよ」 表情のない顔でわかばさんが言った。 本当の彼女はもっと屈託のない笑顔を見せる人のはずだ。 将吾さんとわたしの婚約が正式に決まって、将吾さんのことが大好きな彼女の心の痛みは計り知れないに違いない。 「この家では『先輩』のあなたを呼び捨てにはできないわ……わかばちゃん、って呼んでいいかしら?」 彼女は目を伏せ「お好きなように」と口の中でつぶやくのがかろうじて聞こえた。 そして、わたしの前から辞した。
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