突然の辞令で彼の会社へ出向します

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わたしの挨拶が終わるとすぐに、彼女はなにも言わずグループ秘書が常駐する秘書室から出て行った。 すると、もう片方の人がふーっと息を吐いた。 「……すいません、朝比奈さん。あの人はああいう人なので」 そう言って、彼女が消えて行った方へ視線を送った。 「あの人、大橋(おおはし) 誠子(せいこ)さんっていうんですけど、『大橋コーポレーション』の社長令嬢なんです」 大橋コーポレーションは、うちの「あさひJPNフィナンシャルグループ」やこの「TOMITAホールディングス」と同じ持株会社だ。 「うちのグループ系列の会社のお得意様なので、無下にできないんですよ。ほんとはあんな赤いルージュや長い髪を束ねないのも、よくないんですけどね」 ……あぁ、やっぱり「ややこしい」人だった。 「あの人、今の副社長が就任してから、突然中途採用で入社してきたんです。大学を出た後、就職せずに『家事手伝い』だったそうです。年齢は二十九歳ですが、はっきり言って戦力になりません。ほとんど仕事らしいことしませんからね」 玉の輿狙い、ってわけね……あ、でも、社会的ステータスのあるおうちだから「政略結婚」狙いか。 「副社長の前では態度が豹変するんですけど、バレていてまったく相手にされてないみたいですけどね」 そう言って肩を(すく)めた。 「なので、副社長と婚約された朝比奈さんのこと、よく思ってないと思います……気をつけてくださいね」 「わざわざ教えてくれて、どうもありがとうございます」 わたしはにっこり笑ってお礼を言った。 「わたしもずっとやってきたけど、グループ秘書の仕事って雑用が多いですもんね。 ……彼女の分の仕事、あなたがやらざるを得ないんでしょ?」 すると、ふにゃっとした泣き顔になった。 「うっ、実はそうなんです……」 一六〇センチくらいの身長で、ココアブラウンのふわっとしたミディアムボブの、大きな瞳が魅力的な、なかなかかわいい子だ。 「……よかったぁ。社長令嬢がまた入ってくるっていうから、大橋さんみたいな人だったらどうしようって思ってたんです」 結婚するまでの短い期間かもしれないが、この子とはうまくやっていけそうだ。 「あ、申し遅れました。あたし、水野(みずの) 七海(ななみ)といいます」 彼女は入社五年目で、わたしより一歳下だった。だから、敬語を使わなくていい、と言った。
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