突然の辞令で彼の会社へ出向します

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始業時間は、もうまもなくだ。 とりあえず、グループ秘書がいる秘書室で待機しておくように、とのことだったので、わたしは水野さんと話を続けた。 秘書室は、やはりこの会社でも簡素な造りになっていて、オフィスで定番のデスクも格子に並べられたフロアマットも、わたしには妙に落ち着く。 「……ウワサでは聞いてましたが、朝比奈さん、ほんとに綺麗ですよね。さすがの大橋さんも、朝比奈さんを見たとたん、狼狽(うろた)えましたよ。あんな大橋さん見たの、初めてです。 朝比奈さんはハーフかクォーターなんですか?」 天然のウェーブの背中の途中まである長い髪は、仕事中はひっつめてシニオンにしてあるが、オリーブブラウンの髪色は隠せない。また、ヘイゼルの瞳もだ。 八歳下のKO大生の弟の裕太(ゆうた)再従妹(はとこ)の蓉子もこんな感じだけど、近親者に外国人はいない。 (さかのぼ)ればいるのかもしれないが、わたしは知らない。 「……この見た目で、どのくらいイヤな思いをしてきたことか」 ため息まじりでつぶやいた。 「えぇーっ!?」 水野さんは後ろに()()った。 本当よ……この前のお見合いでも、あなたたちの副社長から盛大に誤解されたし。言えないけど。 「わたし、中身は見た目ほど派手じゃないのよ。 なるべく、波風立てずに生きていきたいの」 すると、水野さんはふふっと笑った。 「あんなに失礼な態度だった大橋さんのこと、 なんにも言いませんもんね。先刻(さっき)、初対面のあたしの仕事を気遣ってくれたくらいだし」 それから、思い切ったように言った。 「……あたし、副社長のこと、見直しちゃいました。名家のお嬢さまと会社のために結婚するわけじゃないんですねぇ。朝比奈さんのそういうところに魅かれたんだ」 うん、うん、と一人で肯いている。 ……いやいやいや、それは美しすぎる誤解だわ、水野さん。 そう言おうとしたら「……朝比奈さん」と、後ろから声をかけられた。
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