Prologue

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「彩乃ちゃん、秘書のお仕事って、重役さんのスケジュール管理に追い立てられながらも同行してあちこち引っ張り回されたりなんかして、大変でしょう?」 このお見合い話を持ってきてくだすった、水島(みずしま)清香(きよか)おばさまが、おっとりとわたしに尋ねた。 ぼんやりしていたが、どうやら話の流れはわたしの仕事のことになっていたらしい。 清香おばさまは朝比奈の出ではあるが、わたしの父の従妹(いとこ)というかなり遠縁にあたる人だ。 でも、うちの両親に姉妹がないため、わたし自身に血のつながった伯母がいないこともあり、また、彼女の息子に歳も近いこともあって、親戚同士のおつきあいがあった。 「清香おばさま、わたくしは専属の秘書ではございませんから、そのような重要なお仕事はしておりませんのよ」 ……そうなのだ。 重役付きのプロフェッショナルな秘書と違って、秘書課付きは秘書といっても「雑用係」だ。 やってることは、例えば営業部の事務サポートとたいして変わりがないに違いない。 確かに勤務するフロアは、重役それぞれの部屋は重厚なデスク、ゆったりしたチェア、ふかふかの絨毯とたいそう豪勢ではあるが、ひとたび「秘書課」のドアを開けると、机も椅子もフロアマットに至るまで、階下の総務部、営業部、人事部と同じだ。 清香おばさまは結婚する前、グループの傘下のあさひ証券にお勤めで、実父であった当時の社長の秘書をされていたから、わたしもきっとそうなのだろうと考えているのだ。 実際のわたしの仕事は、秘書課長から割り振られた業務をやっているに過ぎない。 例えば、毎朝、朝刊を各重役に回覧することとか。 ちなみに、経費削減のため四大紙と日経を各一部しか購入していないので、どれかが読めるようにランダムに配布するのだが、連載小説を楽しみにしている重役がいて、「◯◯新聞はまだか?」と子どものように催促されることがある。 たいてい、そんな連載小説というのは「失◯園」のようなエロい小説だったりするんだけれども。
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