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ところが季節は巡り、冬が近づこうとしていた。
ツバメは暖かい国へ行かなきゃならない。なのに、町を離れようとしなかった。
ツバメは少年と一緒にいるのが楽しくなってしまったんだ。それだけじゃない、ツバメは彼の命の灯火が危ういことを感じていた。
ー あと少しだけ
ツバメは、中庭のカエデの葉がワサワサと落ちるのを見て見ぬふりをして、今まで通り彼に物語を聞かせた。
少年のお気に入りは海を渡る話だった。彼はツバメに何度も同じ話をせがんだ。
ツバメは話をしながら、どれだけ彼が海に憧れているかを知る。かといって、ツバメにはどうすることもできない、とこっそり涙をこぼすんだ。
いよいよ少年の病気は進行し、一日中ベッドの上で過ごすようになった。
そして最期の夜、彼は夢を見た。
ツバメに乗って、月明かりの下に広がる大きな海の上を、滑るように飛ぶ夢だった。
ツバメの背中から青く光る水面に手を入れると、柔らかい水が指先をシュルシュルと撫でていく。潮の香りも頬にあたる風も夢とは思えないくらいはっきりとしていて、身体中で海を感じた。
翌朝、少年は息をひきとった。その枕元にはあのツバメも一緒に死んでいた。ふたりはとても穏やかな顔をしていた。そして不思議なことに病室は潮の香りがしていたんだって。
まるで本当に月明かりの海を冒険したみたいに。
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