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ーー深夜近くに黒いパーカー姿で・・・フードを目深にかぶってやってくるのね? それで気がつかないうちに店のなかに入っている。そうして、時間をたずねてくるのね?
ーー店のなかに誰かがいる気配がして。商品が動いたり、崩れたり・・・そうなのね?
ーーふわっと、自分の上に影が落ちたり。そこにいるはずのない、おぼろげな影が見えたり・・・。
奥さんはずいぶん長い間沈黙してから。こんなことを言いだしたらしい。
ーーずいぶん以前にね。
うちで働いていた男の子がいたのよ。ちょうど、あなたくらいの年齢の。
知合いの紹介だったんだけれど。まじめで、おとなしくて。よく働いてくれたのよ。
ただね。
しょっちゅう、私や主人に時間をたずねてくるの。
奥さん、今、何時ですか。何時ですか・・・って。
おかしいわよねえ。そんなこと、時計を見れば一目で分かるのに。
ケータイや腕時計を持っていなくてもね。壁時計もあれば、他にも・・・。
それを、わざわざ他人にたずねるなんて。どうかすると、店に来たお客さんにまで。
さすがにそれは、たしなめたのだけれど。
何ていうのか。そうせずにはいられなかったみたい。おかしなクセ・・・なのかしら。誰にだってクセはあるけれど。ちょっと・・・。いえ、度が過ぎていたわね。
あれは正直、主人ともども閉口したわ。
でも、それをのぞけば役に立ってくれていたんだけれど。
奥さんは、そこでいったん言葉を切るのだった。
ーーある日ね。とつぜん店に来なくなって・・・そのまんま。
理由も何もわからない。辞めたなら辞めたで・・・ほんとうなら退職金とか払ってあげたかったんだけれど。紹介してくれた知合いに聞いても、取り次いではくれなくて。
その子には、おかしなところがもう一つあって。
いつも黒くて薄いパーカーばかり着てくるの。
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