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昼過ぎといっても店を開けるのは午後の2時であったり3時であったり、まちまちだ。
島田青年は大抵、夕方に店に赴く。このサイクルは学業主体の彼にとって理想的だった。
こじんまりとした店は外見も内装も、ちょっと見た程度では古本屋とは思えないらしい。
自動ドアを入ると、正面から見て左側にレジスペースがある。
ふだんは奥さんがここにいて、店の主人は たいてい裏の倉庫で作業をしているか、仕入れ等で夜遅くまで外出している。
島田青年がやってくると奥さんはレジをまかせて、住居である階上にあがることが多かった。家事をしなければならないからだ。
あとは、お客の応対をしたり。店内の簡単な清掃や整理につとめたりーー色々である。
それらは島田青年がこれまで培ってきたスキルなら、ぞうさもないことだった。
「ン・・・客層、ですか。
あからさまな万引きなんかは皆無でした。新刊書店じゃありませんし。子供は寄りつかない品揃えでしたし。
そりゃあ深夜近くまで店を開けてるわけですから。たまにはアルコールの入った連中だってやってはきますよ。僕の神経に障るような無神経なやからもね。
確率の問題というやつで、それは避けられませんよ。
それでも、今までの職場にくらべればどうということはなかったんです。
アレ・・・・・・アレさえなければ」
彼は、おそらく無意識だろう。同じフレーズをくりかえすのだった。
アレ。
おそらく彼の繊細な神経を苛んで、『理想に限りなく近い職場』を辞める原因となった代物だろうか。
それはぜんたい、何だというのか。
アレーーその男がやってきたのは、島田青年がN書店のレジに入るようになって一週間ほどたったときだったらしい。
その日。時刻は夜の10時をまわっていた。
店内に客の姿は途絶えていた。奥さんが最後に階下に来てから数時間はたっていた。
島田青年は院から持参した資料に目を通していた。
(このまま客が来なければ閉店準備をすることになるな)
そんなことを頭の片隅で考えたとき、とうとつに『声』が聞えたのだった。
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