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ス〇ホがあふれかえっている中、島田青年は腕時計派だった。とっさに時間を確認して答える。拒否する理由もなかった。たんに時間をたずねられただけなのだから。
それでも彼は違和感を禁じ得なかった。
なぜならレジの上には壁にかけられた時計が、ちゃんと動いている。
壁をちょっと見さえすれば、誰でも時間は確認できるのだ。なのに、なぜ、わざわざ店員にたずねるのだろうか。
(初めてこの店に来てーー時計があることを知らなかったんだろう。それとも視力に問題があって時計の針が見えないとか)
けれど。
男は、礼を言うこともなく、
すうっ
と、レジから離れるとーー店の奥に行かずに自動ドアに向かった。
ドアは、ごくふつうに開閉し。男は外に出ていく。
そうして人通りのない道路の闇のなかに見えなくなっていった。
・・・・・・・・・・・・
「ン・・・おかしな客だなあ、とは思いましたよ。買物以前に棚の本も見ようとしない。ナニをしにやってきたんだ、的に。
でも、その時はそれだけでした。何といっても時間を聞かれただけでーーからまれたのでも何でもない。そうでしょ? そうだ。その時はそう思った・・・」
それが、始まりだったらしい。
男は、それからしばしば姿を現すのだった。
島田青年は週に3~4回。週末中心にN書店で勤務していた。
そうして夜、遅くなり。閉店時間も迫ってきた頃に・・・。
ーー何時ですか?
あの、か細い声が響くのだという。
いつも、たずねることは決まっている。時間だ。ただ一言、それだけだ。商品を眺めることなどない。まして購入などは、けっしてありえない。
そうして教えてやると、男は最初の日がそうであったように去っていくのだ。夜の闇のなかに。
すうっ
と。
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