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──その、同じ頃。
北国・盛岡の甲本邸では、真剣白羽の立ち会いが繰り広げられていた。
暮れ泥む、逢う魔が時──。
板の間に茜が挿し込む甲本家の道場で、薙は毅然と剣を構えている。
対峙するのは《金の星》西天・坂井祐介。
腕利きの癒者にして、剣術師範の名跡をも併せ持つ彼は、一座切っての剣豪である。
《鳳月》なる打刀を手にして以来、薙は祐介に師事し、毎日欠かす事無く剣術の稽古に励んでいた。
魔縁を調伏する為に宝剣を振るうのは、当主に課せられた重大な責務の一つだ。
元より、腕を磨くのに吝かでない。
だが一方で、彼女は酷く焦っていた。
薙刀を打刀に擦り直した《鳳月》は、非常に扱いが難しい。
刀身の中程から鋒に向かって、徐々に幅広になる弓反りの形状は、思っていた以上に風の抵抗を受ける。
加えて、《凰華》よりも剣先が重く、重心が取り難いのである。
この刀で全ての剣技を極めるのは、想像を絶する難しさだ。だが、音を挙げてはいられない。
奥州討伐を三日後に控えているのだ。
何としても短期間の内に、遣い熟 さねばならない。
当主として…首座としての苦悩と責任が、薙の精神をギリギリまで追い詰めていた。
今は唯。
祐介から一本取りたいという一念だけが、憑き物の様に薙を動かしている。
(次こそ、取る!)
闘志を漲らせて、確り柄を握り直すと…
「参る!」
気合い諸とも、薙は猛然と斬り込んだ。
透かさず腰を落として、祐介が其れを払う。
ギィン!と硬質な音を響かせて、鳳月の鋒が大きく真横に外された。
「遅い!何度言えば解る!?」
忽ち、祐介の容赦無い叱咤が飛ぶ。
「鳳月と凰華では、重心が異なると言った筈だ!そこを考慮して動かないからタイムラグが出て躱わされる。今の一手が、当にそれだ。完全に振り遅れている。これでは何時まで経っても、キミに先制のチャンスは無い!」
改めて指摘されるまでも無く。
薙は自身の未熟さを痛感していた。
遅い──。
何度となく同じ事を繰り返しているのに、なかなか身体が覚えてくれない。
祐介の虚を突く前に、攻撃の全てを見切られてしまう。
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