【二段目】破邪の剣 素早丸 -ソハヤマル-

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 淡々とした口調でそう言うと──浬は、徐ろにモバイルフォンを取り出した。動画アプリを起動させると、お馴染みのテーマ曲と共に、朝のワイドショーが映し出される。  …番組では、冒頭から大々的に、昨夜の騒動を取り上げていた。 一夜明けて、情報が整理されて来た所為か、過熱気味だったメディア報道も、大分落ち着きを取り戻して来ている。  メインキャスターに依って一通りの説明が終わると、画面は、昨夜遅くに開かれた警視庁の記者会見の映像に切り換わった。  薙は、思わず身を乗り出す。 見覚えのある人物が、神妙な面持ちで無数のフラッシュを浴びていた。画面を飾る派手なキャプションに、ハッと目を見開く。 「藤倉警視総監が…辞任!?」 「えぇ。藤倉氏は、この不祥事の責任を取って、昨夜の内に辞任しました。大事な捜査資料が流出したのですから仕方ありませんね。」 「…そんな…!」  それきり黙然と口を閉ざす金の娘。 小さなディスプレイ画面には、頻りに頭を下げる警視総監ら幹部の姿が、延々と映し出されていた。  薙は、沈痛に眉根を寄り合わせる。 藤倉警視総監とは、《心悠会事件》以来、個人的にも親交があった。おおらかで気さくな反面、仕事に対しては何処までも真面目な人物である。 情報漏洩の件についても、慎重に内部調査を進めている最中だと語っていた。何れは、辞任という形で責任を取るとも──。  その矢先に、今回の騒動が起きたのである。こんな形での幕引きは、嘸や無念だったに違いない。 「藤倉さん…どうしているだろう?」  息子である藤倉健介警部の心中を想うと、薙の胸はチリリと痛んだ。 彼の立場も、微妙なものになるだろう。 特捜5係は、藤倉警視総監の鶴の一声で創設された部署だ。 以後、存続が難しくなる可能性がある。  ──番組では引き続き、今後の事件の展開を予想していた。 中継先にカメラが切り替わると、官邸番の記者が、手元のメモとカメラを交互に睨みながら、早口で状況を捲し立てている。  警察庁と法務省では、既に複数の逮捕者が出ていた。汚職と機密漏洩の事実が立証されたのである。  ──これを承けて。就任したばかりの現法務大臣は、今日の午後にも、内閣総理大臣に辞表を提出する見込みであると、記者は興奮気味に締め括った。
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