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「それで、何処に連れて行ってくれるの?」
気まずさと照れ臭さから、素っ気ない口調で訊ねる薙に、一慶は小さく笑って言った。
「そうだな。折角、余所行きの格好をしたんだし、演奏会にでも行ってみるか?」
「演奏会?」
「あぁ。知り合いのヴァイオリニストが、チャリティー演奏会を企画したんだ。俺も誘われたんだが、出演の方は丁重にお断りした。代わりに、チケットを押し付けられたよ。」
「ほら」と、彼が内ポケットから取り出したのは、クラシック・コンサートのチケットであった。薙はパチクリと目を瞬かせる。
「チケットが二枚?」
「そうなんだ。聴きに来るなら、パートナーを連れて来いとさ。嫌味だろう?」
そう言うと、一慶は辟易した様に肩を上げる。『パートナー』という言葉に、特別な含みがあるらしい事は、鈍感な薙にも何と無く解った。だから、思わず訊ねてしまう。
「それ…ボクで良いの?」
「クラシックが嫌いじゃなければな。」
「嫌いじゃないよ、好き。」
「じゃあ付き合え。演奏会と言っても、ファミリー向けの気楽なコンサートだから、畏まる必要は無い。テレビCMで良く耳にする曲ばかりだ。」
「ファミリー向け…。じゃあ、お客さんも親子連れが多いのかな??」
「そうだろうな」と答えた一慶を見て、薙は大いに安堵した。デートなどと言われて、必要以上に緊張していたが、アットホームなコンサートと知るや、急に気が楽になる。
そういうコンセプトの演奏会なら、会場内も賑やかだろうし、妙に互いを意識する事も無いだろう。
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