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またひとつ、彼の傷痕を見た気がした。
辛かった筈の過去を、一慶は何処までも淡々と語ってくれる。 そうして彼の痛みに近付く度に、薙の胸は切なく疼いた。
この深い哀しみと絶望を、取り除く事など出来るのだろうか──?
寧ろ、不用意に触れてはならない気がする。
何と無く自信を失い掛けた、その時。
沈んだ空気を払拭する様に、一慶が薙の肩をポン!と叩いた。
「受付は向こうだ。行くぞ。」
「うん…。」
二人は、速やかに面会の手続きを取った。
建物の中は明るく清潔で、広々としている。
ゆったりと流れるオルゴールのBGMと、仄かに香るアロマ。採光を考慮した丁寧な設計が、治療に最適な環境を生み出していた。
「綺麗な施設だね。まるでリゾートホテルみたいだ…」
誰にともなく呟く薙に、案内の女性職員が、にこやかに答える。
「有難うございます。皆さん、そう仰有いますよ。『わかばの園』は、ホスピタリティを重視した施設なんです。明るく開放的な環境で、心身共にリラックス出来る様、工夫されているんですよ。」
そう言うと、女性職員は所内を簡単に案内してくれた。幾つもある作業室では、比較的軽度な病状の入所者達が、社会復帰の為の職業訓練を受けている。
木工や部品の組み立て、裁縫、手芸、調理、彫金など…多様な職種の訓練が、いつでも自由に受けられるのである。中には、絵画や彫刻などの芸術活動に勤しむ者もいた。
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