【三段目】浄魂の剣 六星剣 ―ロクセイケン―

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 真摯に作業に打ち込む入所者達の多くが、明るい表情をしている。病の回復振りが、傍目にも見て取れるようだった。 薙は思わず微笑する。 (こんな施設で、希美を治療する事が出来たら…)  ふと、そんな考えが脳裡を過った。 充実した設備と、自立支援の体制。 個々の病状に応じた適切なケア。 『わかばの園』は、その両方を備えている。 希美のケアについては、自宅療養を考えていた薙だったが…此処に来て、精神障害者施設に対するイメージが、ガラリと変わった。 (こういう選択肢もあるのかも知れない…)  いつしか自然に、そう思える様になっている。この施設の代表者が、伸之の親友であるという偶然にも、運命的なものを感じた。 まるで、今は亡き父・伸之が導いてくれたかの様で…何やら、神聖な気分になる。 (もしかして、一慶もボクと同じ事を考えて、此処に連れて来てくれたのかな?)  真意を質そうと、端正なその横顔を盗み見たが、一慶は何時に無く言葉少なに目線を向けているだけであった。  彼は今、何を(おも)っているのだろう? 訊ねたい事なら山程ある。 母親の事。彼自身の事。 孝之との間に、当時どんな遣り取りがあったのか──。 だが、寸での所で、薙は踏み留まった。 出掛かった言葉を、喉の奥に飲み込む。 (折を見て訊いてみよう。今は、久し振りに会うお母さんの事で、気持ちが揺れているかも知れないし…)
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