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──果たして。
彼女の予想通り、一慶は今、過去のトラウマから来る恐怖と緊張の狭間で、必死に気持ちを鎮めようとしていた。
彼にとって、母親との面会は、心的痛みを伴う苦行である。その姿を見るにつけ、今は亡き実父・錠島慶之が犯した罪の重さを、目の当たりにしなければならない。
懐かしく、慕わしい人──。
だが同時に、母・美野里の存在は、一慶にとって、絶望の象徴でもあり続けたのである。
それから二人は、施設に隣接する広大な庭園へと足を向けた。芳わしい薔薇のアーチを潜ると、その向こうに、小さな温室と美しい花園が展がっている。
そこでは、年齢も性別も違う沢山の入所者達が、職員に付き添われながら、思い思いの時間を過ごしていた。
ゆっくりと辺りを見渡す一慶。
やがて何をか見付けたらしく、庭園の一角に向かって、大股に歩き出した。薙も、ちょこちょこと後を附いて行く。
「何処に行くの、一慶??」
「噴水の前に、白い服を来た女の利用者がいるだろう?あれが、お袋だよ。」
「え、何処?」
「あそこ」と指差された先には、ほっそりした女性の姿が在った。
長い髪を横に束ねたその人は、まだ充分に若々しく美しい。孝之より八つも歳上である様には見えなかった。白いベンチに腰掛け、サラサラと絶え間無く流れ落ちる噴水を、夢見る様に眺めている。
「あの人が、一慶のお母さん…?」
「あぁ。悪いが、お前は此処で待っていてくれないか?日に依って性格が違うんだ。お袋の様子を見てくる。」
「うん…解った。」
見送った彼の背に、僅かな緊張が走るのを、薙は感じ取っていた。母と息子の距離が、ゆっくりと縮まってゆく。
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