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此方へ…と促されて、薙はおずおずと歩を進める。カサブランカの花束を持つ手が、小刻みに震えた。
覚悟はしていたつもりだったが、美野里の様子は、薙の想像以上のものである。霊視をして見れば、その魂魄が大きく欠けているのが解った。
夫・錠島慶之の死と共に、彼女もまた、この世界に生きる事を辞めてしまったのである。
辛く哀しい現実の全てから、遠く離脱してしまった美野里。薙が静かに歩み寄ると、一慶は、母に向かって言った。
「美野里、紹介するよ。従妹の薙だ。」
「いとこ?慶之さんの??」
不思議そうに首を傾げる美野里。
薙は、ぎこちなく微笑えんで見せる。
「は…初めまして、薙です。」
甲本という姓は、敢えて伏せた。
彼女が混乱するのではないかと考えたからである。だが、美野里は…
「まぁ、初めまして!そのお花は、私に?」
「あ、はい。お好きだと聞いたので。」
「ありがとう。私、白い百合が大好きなの。嬉しいわ、こんなに沢山…」
美野里に花束を手渡すと、彼女は白百合に顔を近付けて、甘い香りを楽しんだ。
薙の存在は、思いの外すんなりと受け入れられた様である。少しだけホッとしていると、美野里は急に顔色を変えて立ち上がった。
「…いけない。あの子が泣いているわ。」
譫言の様に呟くと、手にした花束を一慶に押し付ける。
「大変、ミルクかしら?急がなくちゃ!」
そう呟くと、美野里はパタパタと駆け出してしまった。薙は驚き、その場に立ち尽くしてしまう。
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