【三段目】浄魂の剣 六星剣 ―ロクセイケン―

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 此方へ…と促されて、薙はおずおずと歩を進める。カサブランカの花束を持つ手が、小刻みに震えた。  覚悟はしていたつもりだったが、美野里の様子は、薙の想像以上のものである。霊視をして見れば、その魂魄が大きく欠けているのが解った。    夫・錠島慶之(じょうしまよしゆき)の死と共に、彼女もまた、この世界に生きる事を辞めてしまったのである。 辛く哀しい現実の全てから、遠く離脱してしまった美野里。薙が静かに歩み寄ると、一慶は、母に向かって言った。 「美野里、紹介するよ。従妹の薙だ。」 「いとこ?慶之さんの??」  不思議そうに首を傾げる美野里。 薙は、ぎこちなく微笑えんで見せる。 「は…初めまして、薙です。」  甲本という姓は、()えて伏せた。 彼女が混乱するのではないかと考えたからである。だが、美野里は… 「まぁ、初めまして!そのお花は、私に?」 「あ、はい。お好きだと聞いたので。」 「ありがとう。私、白い百合が大好きなの。嬉しいわ、こんなに沢山…」  美野里に花束を手渡すと、彼女は白百合に顔を近付けて、甘い香りを楽しんだ。 薙の存在は、思いの外すんなりと受け入れられた様である。少しだけホッとしていると、美野里は急に顔色を変えて立ち上がった。 「…いけない。あの子が泣いているわ。」  譫言の様に呟くと、手にした花束を一慶に押し付ける。 「大変、ミルクかしら?急がなくちゃ!」  そう呟くと、美野里はパタパタと駆け出してしまった。薙は驚き、その場に立ち尽くしてしまう。
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