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正午近く──。
薙と一慶は、とあるレストランを訪れた。
街の一等地に古くからあるフレンチの名店で、格式高く、予約客も多い。そんな高級店に、いきなり連れて来られた薙は、ただもうオロオロするばかりであった。
「もしかして、此処で食事するの?」
「あぁ。オーナーと知り合いなんだよ。軽めのランチメニューだから、ドレスコードは気にしなくて良い。でも…そうだな。一応、肩は隠した方が良いか。」
そう言うと、一慶は薙の首からスルリとストールを引き抜いた。霞の様に薄いその布を、フワリと拡げると、彼女の細い肩を包み込む様に羽織らせて、両端を胸の前で結ぶ。
「昼だし、露出は少ない方が良いだろう。」
「ドレスコードは気にしなくて良いんじゃなかったの?」
「俺が気にするんだよ。良いから隠しとけ。」
ポンと頭を叩くと、彼はドアの前に立って横柄に顎をしゃくった。
「入れよ、レディファーストだ。」
「…レディだなんて思ってないくせに。」
照れ隠しの憎まれ口で応戦しながら、薙は俯き加減でドアを開ける。ノスタルジックな店内には、品の良い調度品と、印象的な静物画が幾つも飾られていた。真っ白な珪藻土の壁と、味のある古木の柱が、何処か懐かしい風情を醸している。
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