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「いらっしゃいませ。」
不意に、店の奥から恰幅の良い熟年男性が現れた。きちんと撫で付けた髪と、頬骨の張った厳つい顔は、見る者を一瞬黙らせる迫力がある。だが…
「よぅ、いち!存外早かったなぁ。また可愛いお嬢さんを連れて来たじゃないか?今日のランチタイムは、特別に君達の貸し切りにしといた。ゆっくりして行ってくれ。」
屈託の無い笑顔でそう言われて、薙はすっかり度肝を抜かれてしまった。
「かっ…貸し切り!?」
素頓狂な声を挙げる彼女に、一慶は言う。
「この人は、オーナーシェフの樫村さんだ。今は、厨房を息子に譲って、専ら電卓を叩いてばかりいるけどな。」
冗談混じりに紹介された樫村は、厳めしい顔に満面の笑みを浮かべて挨拶をした。
「初めまして、樫村です。お逢い出来て光栄です。」
「此方こそ。一慶が、いつもお世話になっております。今日だって、早速こんなご迷惑を…すみません、この通り俺様なもので。」
ペコリと頭を下げると、樫村は腹を抱えて笑い出した。至極真面目に挨拶をしたつもりの薙だったが、彼女の一言は、思わぬ形で強面オーナーの爆笑を誘ったらしい。
「本当にね。コイツには、昔から随分手を焼いたもんです。学生時代に、うちの店で少しだけバイトをしていたんですが…まぁ、ヤンチャで困りました。」
「ぅ…その節は大変なご迷惑を…」
「いや、もう過ぎた話です。それはそうと、コイツが店に女性を連れて来たのは、貴女が初めてですよ、お嬢さん?御近づきの標しと言っては何ですが、今日は一切お代を頂きません。存分に食べて行って下さい。」
「はぁ…それはどうも。」
薙は、片側の頬を引き攣らせて笑い返した。
何と豪快な人だろう?
例えるなら、孝之をうんと上品にした感じだろうか。
バーのマスター、中古車販売業者、ヴァイオリニストにフレンチのシェフ…。
一慶の交遊関係は、相変わらず謎である。
だが、一人紹介される度に、彼の素顔が覗ける気がした。
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