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カランカランと鐘の音がして、僕は作業椅子から立ち上がると歩いて三歩の店舗へと歩み寄った。前掛けで両手の油を拭いながら。
「いらっしゃいませ」
極力穏やかな声を心掛け、微笑みながら言う。そうすると、大抵の客は、にっこりと微笑み返してくれるものだ。
「ここは、えらくしみったれた店だね」
今日の客は、大抵の客じゃあ、なかったみたいだ。初老の痩せ気味の女性が大きな籠を手に店内に入って来た。すたすた歩いて来ると僕を押し退けて、どん、と籠をカウンターへと置いた。木で出来たカウンターは大きく揺れたけど、それにも動揺せずに、僕は笑顔を見せて言葉を綴る。
「よく言われます。ご来店ありがとうございます。店主のキリルです。魔道具の修理ですか?」
「ふん! 魔道具修理屋に来たんだ。それ以外に何の目的があるってんだい?」
今日の客は、機嫌がイマイチらしい。僕は顔を苦笑に変えると頷いた。
「確かに、ウチにパンを買いに来られても、困りますね。それでは、魔道具を拝見しても良いでしょうか?」
「分かりゃ良いんだよ。ああ、私が出すよ。アンタみたいな細腕じゃ心配だ」
僕よりも細い腕をしていると言うのに、そんな事を言われて驚いてしまう。慌てて女性を押し止めると、僕は片腕を出し力こぶを作って見せた。残念な感じの力こぶしか出来なかったけど。
「ありがとうございます。でも、こう見えて力はあるんですよ」
言いながら、籠を開き中身に手を伸ばした。籠の大きさから大物だとは思っていたけど、想像以上に大きくて重かった。ふん、と鼻息を荒く吐いて、両手に力を入れる。
「大丈夫かい? そっと扱ってくれよ。大事な物なんだ」
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