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シニードさんは機敏な動きでカウンターから籠を引っ張って来ると、作業台の近くに置いた。僕はわたわたしながらその籠を眺め、口を開いた。
「軽量化の魔道具ですね? 良いですよね。メンテナンスはちゃんとしてますか?」
「ついこの間したばっかりだ。けど、今度、駄目になったら、アンタに頼むとしよう。この店は家から近くて便利だからね」
にっこりと、えくぼを見せて笑われて、僕は胸が詰まったような気分になった。だけど、黙っていてはいけないと、急いで頭を下げた。
「あっ、ありがとうございます! あ、じゃあ、入れますね……」
「そっとやっとくれよ」
シニードさんに言われた通りに、必死に両腕に力を入れて、そっと籠の中に綺麗になった魔道具を入れる。
「はい。これで、大丈夫でしょうか?」
「うん。問題無しだ」
ぶおん、と独特の音をさせて籠の魔道具を起動させ、シニードさんは軽々と籠を抱えた。それから、入って来た時のようにすたすたと店を横切ると出入り口の扉を開けた。
「さて、じゃあ、帰るかね。ああ、アンタも何か大物が入用の時は声を掛けるんだよ。大通りのバークリー商会が私の店さ」
カランカラン、と鐘の音をさせて、軽快にシニードさんは出て行った。僕は言われた事の余りの内容に驚いて、送り出す言葉すら出す事が出来なかった。
「ほ、本当に、大店のおかみさんだったんだ……」
シニードさんが口にした店は、この通りの三本向こうの本当の表通りにあるノドルの街で知らない人は居ない大きな商会の名前だった。僕は大きく溜め息を吐き、彼女の店の方に向き直ってしっかり頭を下げると、金貨を慎重に肩掛けの魔法鞄の中にしまうのだった。耳の中では、あのメロディがまだ鳴り響いていた。今でも色褪せない、優しい恋の歌が。
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