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岩崎は俺にかぶせたウィッグを真剣な眼差しでカットしていく。鏡の中の俺は女装なのか何なのか判然としない半端な状態だ。前回はタキシードを着ればいいというので油断していたら、ハイヒールを履かされて大変な目に遭った。今回の衣装は背が大きく開いた──というか首の後ろにしか布がない──黒いオールインワンだ。ハイヒールは免れられるらしいが、絶対寒い。
今俺が見慣れない自分と対面しているのは、岩崎が自宅で開業している個人サロンだ。客商売に向いていない性格が理由で大手を辞めた彼が自宅サロンを繁盛させられるわけもなく、副業を掛け持ちしてどうにかやっていっている。
副業のひとつにキャバクラでのヘアセットがあり、その繋がりでゲイバーに出入りすることもあるらしい。社交的でない割に岩崎は縁に恵まれ、ファッション関係の業界人と交友を持つに至った。
──というのが、俺が変装させられてパーティに連れて行かれる事情だ。要は岩崎は売り込みにいくのであり、俺は彼の作品なのだった。
そういえば、と岩崎が口を開く。
「でも聞いたことあるな。上品なパッケージに変えたら女も買ってくれるようになって売上が倍になったとか何とか」
「……大人の玩具を? かわいいパッケージっていうだけで女性がそんなに買うか?」
「いや、ローションだったかコンドームだったか、そういうグッズ全般。どこで聞いたんだったか……」
岩崎の語尾が、考え込むように途切れる。目を上げると、見下ろしてきた彼が重々しく頷いた。
「今日はカラコン入れよう」
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