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人目を避けるなら中庭だろうか。ベンチに人影が見えたので近づいて行くと、男ふたりが頬を寄せ合っていた。別にゲイパーティじゃないと岩崎は言うが、こういった場面が視界の端を掠めることが多いので、いい加減免疫が付いてきた。そもそも人目をはばかってふたりきりになる彼らより、女装して堂々と闊歩する俺のほうが客観的に異常だ。
邪魔しないように方向転換した拍子に、テラスから中庭に降りてこようとしている悪趣味白スーツが目に入る。
追いかけられるほど執念を抱かれているとは思わないが、こんな人気のないところで絡まれたら厄介だ。岩崎の仕事絡みで来ている以上、下手に対応すると何が岩崎に影響してしまうか分からない。
灯りを避けて忍び足で庭を進んでいく。中庭をぐるりと囲む木立に紛れるようにして、簡素な東屋が建っていた。
「……っだよ、どこ行ったんだ……」
白スーツ男の独り言が耳に届いた。もう選択肢はないに等しい。東屋に駆け込み、塀の陰にしゃがみ込む。
石造りの塀はひやりとしている。灯りが届かないので真っ暗だった。急に心細さがこみ上げてくる。こんなところに逃げ込んでよかったのだろうか。見つかったら今度こそ逃げようがないのではないか……。
「……大丈夫?」
突然間近から潜めた声を投げかけられ、自分で驚くくらい肩が跳ねた。ごめん、と声は更に小さくなる。
「驚かせたな。俺も隠れてて」
おそるおそる振り返ってみるが、何となく闇が濃く見える程度で人影も分からない。
互いに息を詰めるような間の後、男がため息を吐いた。
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