5/30
689人が本棚に入れています
本棚に追加
/249ページ
「……驚かせたいわけじゃないんだが、……君、俺の脚の上に座ってる」 「しっ」  失礼、と言い終わらない内に、ゴンと額に鈍い衝撃が走った。何も見えないせいもあって、文字通り目の前に星が飛ぶ。一瞬殴られたのかと反射的に逃げを打ったが、落ち着けというように肩を叩かれた。 「静かに」  ほとんど吐息だけの声が耳元で囁かれる。同時に塀ひとつ隔てた辺りから、クソが、という独り言が聞こえた。  ぎくりと強ばった俺の背に、大きな手が添えられた。俺の背中はほとんど剥き出しだ。驚いたように手は離れかけたが、結局戻ってきて温めてくれる。  これは多分、気を遣われているのだろう。女性だと思われているのかもしれない。声を出せば男だと気づいてくれるだろうが、この状況では難しい。  ──そう、この状況だ。  見知らぬ男の太腿に跨がり、肩にすがっている。後頭部と背中には男の手。先ほど額をぶつけたのは、恐らくこの男の肩だろう。  急に客観視してしまい叫び出したくなったが、建物のほうから、おーい、という声が聞こえたので何とか踏みとどまることができた。 「何してんだよ。引き上げようぜー」 「カズタカさん見なかったか?」 「帰ったんじゃね」 「あークソ。何しに来たのか分かんねえ」     
/249ページ

最初のコメントを投稿しよう!