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 そういえばあの男は、闇の中でも俺の顔が見えているようだった。いやしかし、ウィッグもかぶっていたし、カラコンも入れていた。俺は舐められやすい顔立ちなので、大学に入ったときからずっと伊達眼鏡を使っている。会議室で一度会っただけの、しかも好感度の低い眼鏡スーツサラリーマンと、パーティで出会った女装男を、結びつけるものだろうか。  相変わらず忙しいので、悶々としていられる時間も短い。結局対応策も練らない内に五時になった。前回は待たせてしまったので、今回は待ち構えておいた。 「忙しいところ申し訳ない」  紀谷は俺を見るなり会釈する。  恐ろしいことに前回と態度が違う。しかも彼の手には紙袋があった。まさかあの中に人質が収められているのだろうか。 「早速なんだが」  椅子を引くなり紀谷が口を開いたので、俺はひそかに緊張した。が、彼が続けたのは仕事の話だ。 「コンセプトはひとまず脇に置いておいて、試作品を何種類か出すということでは駄目か? コンセプトだのターゲットだのは、試作品からあんた方で判断してもらって構わない。コンセプトってのは、商品を手に取る客が目にするものじゃないだろ? なら俺が意識する必要もないんじゃないかと思ったんだが……」  強い口調だが、語尾は弱い。困り果てた挙げ句、といった印象だ。  こうして見ると、紀谷は得な顔立ちをしていると思う。強面は強面なのだが、視線が合うと目元をしかめるから、横柄や傲慢といった印象を与えず繊細な表情に見える。     
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