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悩むうちに面倒になり、いっそ真実を話してしまおうかとも考えた。が、岩崎は一介の真面目な会社員たる俺に女装させ、ああいう場に引っ張り出すことに負い目を感じている節がある。その場では無表情に、殴るなり逃げるなりすればよかっただろ、と一言言うだけに違いないが、今後二度と俺をああいう場に連れて行くことはないだろう。俺にとってあのパーティは息抜きの場として結構楽しいものだったと伝えたところで、彼は後悔し続ける。律儀というか、責任を感じすぎる性格なのだ。
しかしパーティと同じメイクをして欲しいと切り出した俺に、岩崎はあっさり頷いた。
「モデルの話だろ? マミがおまえなら完璧だろうにってしきりに言ってた。伽羅さんに会えたんだな」
「モデル……あ、そうだけど……、というか」
「本決まりではないって?」
「あ、うん、多分……」
「伽羅さんは話題性もあるし、今回はクリーンな仕事ってことでやってみたい奴も多そうだ。しかし名波まで落とされるとはな」
「お……とされてはない。やっぱり断りに行こうと思って……。というか、話題性って?」
「多分高校生なんかも知ってるんじゃないか。結構有名。俺が知ってるのは単に店が近所だからだけど」
「クリーンっていうのは? やっぱりやめておいた方がいいのか?」
「いや、長く商売やってる人だし、信用もある。イメージの話だ。……おまえはあんまそういうのにいい顔しなさそうだから、俺から話すのはちょっと」
岩崎が隠そうとしているのは、紀谷がアダルトショップを経営しているという点のようだ。そういえばあの夜の紀谷も、名刺はくれたが生業は明かさなかった。
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