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笹川に声を掛け、杉田が怒り出す前にさっさと席を離れて扉へ向かう。そりゃおまえがやったほうが早いだろうけどそれじゃ育たないだろ、という杉田のいつもの言い分は理解しているが、自分がOJTを担当しているのに俺に振るほうがおかしい。
三時五十分。コーヒーを飲む時間はなくなったようだ。
ミーティングブースにコーヒーをふたつ持って行った理由は、自分が飲みたかったのと、五分遅れてしまった詫びを兼ねてだった。
俺のそんな気遣いをものともせず、デザイナーは唇をへの字に曲げ居丈高に足を組んでいる。
どんな仕事もふたつ返事で引き受けると名高い俺だが、実は苦手なものがみっつある。ゴルフ、飲み会、そしてまともな勤め人に見えない風貌の男だ。
この男は典型だった。無精ひげと伸びて首筋を覆う髪、派手な柄シャツにダメージジーンズが、社会に馴染むつもりはないと主張するようだ。秋が短くなったと言われる昨今だが、いくら暑くても十月末に半袖サンダルはないだろう。
無精ひげと目元の彫りの深さ、不機嫌そうな表情が、必要以上に顔立ちを強面に見せていた。恐らく一般的に端正と形容される顔立ちだが、この風貌で伽羅(きゃら)めるというかわいらしい名前を名乗るのはギャグとしか思えない。
「……君」
「名波です」
間髪入れずに訂正すると、強面は面倒くさそうに言い直した。
「名波さん。打ち合わせの相手は君で三人目だ」
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