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富浦先生は私の姿を下から上までじっと見たあと、深いため息をついた。
「あなた、まさかとは思うけど、その格好で電車に乗ったりしてないでしょうね?」
私が恐る恐る首を縦に振ると先程の五倍はあるであろう深いため息をついた。そして彼女は説教代わりに一つの質問をしてきた。
「そこまでして、何をしに来たの。」
私は更にボロボロになった台本を彼女に渡した。彼女はそれを受け取り、流すように読み始めた。ここまでしてから私は自分の行いの愚かさに気づいた。この物語の伝統を大切にしているのは目の前の老婆であり、私の倒さなくては行けない相手そのものだ。それに向かって勢い任せに書き上げた精査もされてない原稿を渡してしまうなんて、即却下されてしまう!私は今更だが無かったことにしようと手を伸ばそうとした。
そこで彼女の口元に目が止まり、手が止まった。富浦先生は笑っていた。そしてまた一から、今度はゆっくりと読み直していた。その笑いの意図は分からなかったが、先生は確かに笑っていた。
彼女は最後のページまで読み終えた上で、私に台本を渡してやっと口を開いた。
「貴女のお母さんが私のもとを訪ねてきたのはもう十年前、先輩がいる学校なら安心して娘を預けられる、そう言っていたわ。あの子にも鳥達へ、に出てほしいとも言っていたわ。」
私は彼女の告白に二の句が継げなくなったが、彼女は続けた。
「雪代先生の下にいたときは、私に何かと噛み付いてきたというのにね。先生には内緒にしてほしいとも頼まれていたし、ホント、我儘な人でしたわ。」
そう言って彼女も雪代先生のように遠くを見ていた。そして私の方を振り返り、今まで私に見せたことのない微笑みを浮かべていた。
「鳥達へ、はみんなでつくった傑作です。容易く変えることは許しません。ですが…。」
そう言って、彼女はまたため息をついてから、続けた。
「貴女は母親に似て我儘を突き通してやり切るでしょう。好きにしなさい。」
そこまで言ってから富浦先生は校門から離れていった。その背中に向けて、どうしてもしたかった質問をぶつけてみた。すると彼女はもう振り返ることなくそのまま言葉だけで返してきた。
「真意は知りません。でもあなたの幸せを思ったことは間違いありませんよ。」
結局、私はその場にへたり込み、暫くして来た優子に訳を説明するだけでその日は終わった。
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