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六月の地方都市の朝焼けに包まれて
バッティングセンターで得た景品を胸に抱えて二人は歩いていた。
「流石にこの時間までやるとすごいな、量が。」
「へへ、あたしも中々やるでしょ。」
粗品ばかりの景品を抱えたまま、二人は朝焼けに包まれた街を歩いていた。薫はその胸には革張りの、父の名の刻まれたノートも抱えていた。
昨日一日は色々あったなと、薫はそのことを思い出していた。
澤は学生時代は演劇に打ち込んでいたが、卒業後は職場で知り合った人と愛を育み、昨日結婚式を挙げた。その式に出席した優子は大学入学後劇団のオーディションに合格し、若手自然派女優として頭角を現した。そして薫は、大学こそ国立の歴史ある大学に進学したものの、小説や脚本ではちっとも売れず、今は広告代理店で日夜キャッチコピーを考えていた。実家も売り払い、今はワンルームの部屋中に本を散らかして暮らしている。
「さすがに眠いね…。」
「チェックアウトまでまだ時間あるだろ。流石に休むぞ。」
「…そっちの部屋に行ってもいい?」
「…仕方ないなぁ。」
照らす朝日に目を細めながら、二人はそんなことを話していた。薫は別の大学に進学したにも関わらず、高校卒業後も気が付けば優子とずっとつるんでいた。そして今先ほど、約束通りホームランを打った彼女の願いに応えることを約束した。一陣の風が二人の間を抜けていった。
これから二人に待っていることに、一人は胸を躍らせて、一人は不安を抱えて、待ち望んでいた。それでも足を止めることは無かった。
薫は優子に向かって言った。
「色々忙しくなるよ。」
「でも、今日はいい天気だ。ぴったりだよ。」
「…そういえば、書けたよ。」
「それじゃあ、読者第一号はまたあたしね。」
「あんまり期待するなよ。」
二人は朝を迎えて、騒がしくなってきた街に向かって、歩き続けた。
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