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精霊はその人に触れない限り視認不可能の、存在自体が幻の存在。彼が彼女を見ることができたのは、彼が用水路に落ちた際に彼女と触れたからだった。
ー人間である俺が彼女の50年の重みを理解することなど出来ないだろう。ーでも、
「俺はあの時君に救われた。今の俺があるのも全部君のお陰なんだ」
全くの本音だ。あの時、彼女が差し伸べした手が無ければ、今の彼は無い。
「それでも...」
真っ直ぐ彼女を見据える。
動揺が、彼女の桃色の目がわずかに揺れ動かす。チャンスだ。
「じゃあ、言ってやる。
ー俺はお前が好きだ。だからいなくなってほしくない!」
「っ...私、精霊よ。人間と精霊は結ばれることは出来ないのよ」
ーそれくらい承知の上だ。
「ああ、分かっている。確かに人間と精霊は違う生物。だけど俺、毎日通学の時、通ってるけどさ、来るたびに若干、木の色とか水面の雰囲気が変わるんだ。俺っ、それが好きで、君には、絶対死んでほしく無い。毎日、君に恋をしてきたんだ」
彼女は後ろにたじろいだ。
桜の木に背が当たり、もたれかかる姿勢になる。
目を瞑ってしばらく考えた後、彼女の顔に現れたのは苦笑いだった。
「ふう、人間にクラっとさせられるなんていつ振りかしら...私もあと少しだけ、『用水路の精霊』を頑張ってみるわ」
彼女の微笑は、何の偶然か彼が10年前見た表情と全く同じだった。
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