雪の積もらない街

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 迷惑なことに、考え始めて一度意識してしまったことはなかなか消えてくれない。服のほつれた糸やほどけた靴紐に気が付いた感じだ。正しくあるべき姿が崩れ、何かが確実に違うと感じる感覚。  ほつれた糸は切ってしまって、靴紐は結び直さなくてはならない。間違いは正し、ルールは守る。自分の性格はそんなものだ。下らない、だけど棄てられない、安い正義感。  一般には美徳として扱われるそれが、今ではただただ呪わしかった。  考え事は、俺の彼女のことだ。  俺には付き合って一年になろうとしている彼女がいる。自分のことを好きになってくれる人がいることに驚きながらも今晩に似た冬の夜に関係を変化させた。  あの日のことは、たぶん忘れることはないのだろうと思う。  忘れていないあの日のことを、記憶の奥底からすくい出すことにした。  「好きだよ」  唐突な出来事だった。加えて、ひどく自然だった。違和感なんてものは無い程に。  満天の星空を見て綺麗と呟くような。青い太平洋の海を見て広いと思うような。  そんな、当たり前のような反応が言葉にして出されたような。  え、という間の抜けた俺の一言だけが雫のように落ちる。  思考がしっかり働いている気がしなかった。額が熱くなり、冷や汗をかいていたことが嫌でも分かった。  目の前の星空から目を背けられない。     
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