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失くしたものを見つけ出そう
「あたしね。エリィっていうの。サンフランシスコで生まれたんだよ。」
エリィがそう教えてくれたのは、秋彦と彼女が出会ってから2週間もしたころだった。
秋彦の気まぐれで始まったエリィとの関係。
不思議なもので、エリィとの絵本の読み聞かせは、すっかり秋彦の日課となってしまっていた。
それは彼にとっても、このひとときが心地の良いものであったから、かもしれない。
血の通わない参考書に向かうだけの日々で、モチベーションを失いかけていた秋彦にとって、エリィとふれあう時間は、彼に忘れていた人間味を取り戻させるものだった。
「いつもありがとうございます。
エリィったらすっかりお兄ちゃんに懐いてしまって。」
読み聞かせを続けていくうちにエリィのお母さんに、そう挨拶された。
最初は会釈を交わす程度だったが、ひと月も絵本の読み聞かせを続けていくと、エリィのお母さんとも仲良くなる。
次第に、軽い世間話も交わすようになっていった。
「『虹の橋を渡った先には、楽園があるんだ。
そこで、みんなといつまでも仲良く暮らせたらいいなぁ。』」
今まで何回、読んだだろうか。今日も同じ絵本を読んで聞かせる。
「カエルくんと虹の橋」という絵本。
秋彦にとってもエリィにとっても、お気に入りの絵本だ。
ページをめくるたびに淡い水彩タッチで煌びやかな景色が広がる。
うしくんとカエルくんが困難にぶつかりながらも旅を続け、最後に楽園を見つける。
そんな希望に満ちた終わり方が、秋彦はとても好きだった。
「うしくんとカエルくんは……虹の向こうで、どんな暮らしをしたのかな。」
ある日、エリィが秋彦に訊いた。
「そうだね。きっと、虹の向こうには……パイナップルやバナナのような美味しい食べ物がたくさんあって。楽しい音楽が流れているんだ。」
エリィの頬をやさしく撫でながら語りかける。
語りながら、秋彦の目からなぜか涙がこぼれた。
「楽しい音楽?」
「そう。コンガ、ボサノバ、ジャズかもしれない。
たぶん、踊りたくなるような……楽しい音楽。エリィも、楽しい音楽は好き?」
最後のほうは声に嗚咽が交じり、エリィには聴き取れなかったかもしれなかった。
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