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気がつくと、僕はカフェにいた。
目の前には、女が立ち、小学生が椅子に座って寝ている。健康状態には問題がないようだ。
「ありがとうございました、豊四季先生」
「いいえ。あなたの苦しみもこれで晴れたでしょう。自分の中で、雉子さんの孫に何かあったら、たまらないでしょうからね」
女が驚いた顔をする。
「私の中、とは」
「あなたの名前は、『夢中幻想記』ですね」
「なぜ、それを」
「雉子さんの能力で、本を読んだ人は閉じ込められてしまう。ならばあなたはそれを読んでいない、雉子さん以外でこの本を読んだのはその少女一人だとあなたも言った。しかし内容は知っている。それはもう、あなたが作品本人だからでしょう。だから閉じ込められた子を助け出すこともできる。ただ、人間が自分の体内を覗くことができないのと同じで、迷い込んだ人間がどこにいるのかまでは分からない……ということではありませんか」
紅茶は、まだ湯気を立てていた。果たして、現実ではどの程度の時間が流れていたのか。
気にはなったが、問うことはせずに、僕は続けた。
「その子がおばあちゃん子だと知ったのは、雉子さんの死後にその子の様子を見ていて知ったのでしょう。名前を知らなかったのも、わざわざ自分の著作の前で孫の名前を唱える機会など普通ないでしょうから、無理もない」
「……その通りです。先生のお陰で、私の望みは全て叶いました。それでは、私はこれで失礼します」
女は、寝たままの少女をおぶると、去っていった。
テーブルには『夢中幻想記』が残されたままだ。しかしもう、「彼女」はこの中にはいないのだろう。
この本の中に人が閉じこめられることも、もうない。
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