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七月の昼下がり。
めずらしく、穏やかに暖かい日だった。
近所のカフェの屋外テラスで、僕は待ち合わせをしていた。
独特な名前の紅茶など飲んでいると、いきなり丸テーブルの向かいに一人の女性が座った。
年の頃なら、二十歳前後というところ。髪が長く、太っても痩せてもいない。
なぜか、服装はよく覚えていない。だが、「ガーリー」とか「フェミニン」とかよりも、「シック」「レトロ」なんてイメージの方が似合っていたような気がする。
「流山豊四季先生ですね?」
「確かにそうですが。相席にするなら先に一言あるべきでは? それに他の席も空いている。どこかでお会いしましたか?」
実際、カフェは空いていた。
「失礼しました。事情があって、名乗れないものですから。実は、先生にお願いがあるのです」
「聞けませんね」
「人を一人、探して欲しいのです」
「人の話を」
「これは、豊四季先生にしかできません。箸小町雉子が憧れたあなたにしか」
「失礼ですが、伺ったこともないお名前ですね。僕はお願いなど聞かないと言いました。まだそこに居座るなら」
「お願いします。『その子』を探し出せるのはあなただけなのです」
女性は深々と頭を下げた。
ほとんど同い年くらいの婦女子にそんなことをされる経験などないので、動揺してしまう。
「分かりましたよ。事情くらいは聞きましょう」
「ありがとうございます。探して欲しいのは小学生の女子です。十一歳。読書が趣味で、幻想文学に目がありません。行方不明になって、もう三日も経つのです」
「それが雉子さん?」
「いえ、別人です。私もその子の名前を知りません」
「へえ?」
女性は、どこからか一冊の本を取り出した。
タイトルは『夢中幻想記』。少し古びて見える。
「またとらえどころのないタイトルだな……この本が何か? ん、作者が……箸小町雉子」
「そうです。この本は雉子が書きました。そして……」
彼女は本の表紙に手を置いた。
「女の子がいるのは、この本の中なのです」
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