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「ファン。孫のいるような人が、こんな若輩者に?」
「年齢は関係ありません。三年前に豊四季先生のデビュー作を読んだ雉子は、こんな高校生がいるとはと感激していました。しかし、雉子にとって先生が特別な存在になったのは、その後書きを読んでからです」
僕は赤面した。あの時はデビューに浮かれて、恥ずかしいことを色々と後書きに書きつけたのだ。
「雉子はあなたの作品から、言い知れない孤独を感じ取っていました。それは自分の本を人に見せることをしなかった雉子が、強烈に共感するような孤独です。雉子にとって、孤独は不幸ではなく、むしろひそかな幸福でした。しかしあなたはその孤独に浸るのをやめ、作家として世に出ました。その理由を後書きに書かれていましたね。雉子はそれを読んだのです」
勘弁してくれ、と僕は頭を抱えた。しかし女は続ける。
「『ずっと自分のためだけに書いていた。でも、誰かのために作品を作りたくなった。そう思える相手に出会えたので、僕はこの作品を世に出しました』……いいお話です。夫にすら自分の趣向を明かすことのなかった雉子に取り、あなたは、心地よい殻を自ら破った開拓者だったのです」
「そんな大層なものではないんですが……」
「安寧の繭を破り、人に己をさらすのは非常な勇気がいることだと雉子は言っていました。家族にすらできない人の方がきっと多いと」
「も、もうよしましょうその話は。ところで、僕は、少女のいそうな箇所に見当がついて来ました」
「本当ですか!?」
いつの間にか僕たちは、『黄昏の歌町』に着いていた。
日暮れを告げる、穏やかな音楽が流れている。
そして、鮮やかな中にわずかに濁った影を灯したオレンジ色が、斜めに町を照らしている。
その中を、黒い人影がうごめいていた。それらは例外なく、誰かと手をつないでいて、一人ぼっちの人影はいない。
「この町では、どの人間にも迎えが来ます。そして手を取り、ともに家に帰るのです」
「例外は……」
「いません。人は必ず誰かとともにあります」
それを聞いてから、僕は女を促し、先へ急いだ。これまでよりも、さらにだ。
「ページを飛ばしてください。ずっと先の方までです」
「それは構いませんが……一体」
「つまり、少女がいるであろう場所というのはですね」
僕はその箇所を告げた。そして数十の世界をすっとばして、僕らはそこにたどり着いた。
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