一冊

2/5
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 喉がかゆい。窓からは夕日が差し込んでいて、光の中でキラキラと光るものが舞っていた。  一切の音を禁じられたかのような空間で、咳き込むこともできず、芽衣は口に手を当てた。  デートに来るところじゃないな、と芽衣は思った。本好きの彼は、目当てのものがあるらしく、市営のこの場所に来てから、そうそうと芽衣を置いてどこかへ行った。適当に時間を潰そうにも、数少ない椅子たちは、どれも誰かを乗せて、本の世界を楽しませていた。本棚の間は、人が1人余裕をもって立てる程度のもので、目的もなく立ち止まるには心苦しい。どこかにとどまることができないまま、芽衣はふらふらと歩を進めていた。彼は、目当てのものが見つかるまでは、芽衣のところには戻ってこないのだろう。 「漫画とか、あればいいのに……」  そもそも、芽衣自身は読書が好きなわけではない。ここを訪れたことも、数回程度だ。本は整理整頓されて並べられているはずなのに、せめて読みやすいだろうと思う小説コーナーも見つからない。歴史の本が並んでいると素通りすれば、今度は異国の言語が並ぶ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!