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葬式のあの線香のキツイ匂いの中心で、僕のヒーローは眠っていた。
それは本当に眠っているようだった。本当にただ、あの4畳の狭い書斎で祖父が昼寝をしていたのと同じような。
本当にそれくらい自然に、それくらい不自然なほどに祖父は眠っているように、死んでいた。
あの頃の映像は瞼の裏に今でも焼き付いている。
『死』というものについて考えたこともなかった小学生のまだ幼い僕に、強烈かつダイレクトに飛び込んできたものが
祖父の死だった。
僕は静かに、ただ静かに
お坊さんの唱えるお経と、雨の音を聴きながら、ただ静かに顔を下に向けて
待っていた。
「君が、大輔さんのお孫さんかい?」
葬式が終わり、挨拶をするために席を外した父母と入れ替わるようにその人はやってきた。その人は少しばかり太った30代ぐらいの男で、黒ぶちの眼鏡をかけて喪服をピシャリと着込んだおじさんとお兄さんの境目みたいな男だった。
「はい、翔也と言います」
「そうか、おじいちゃんとはどうだった?」
「尊敬してました、おじさんは?」
「僕もだ、師匠だった。僕は父がいなくてね、大輔さん...君のおじいちゃんがお父さんみたいな存在だったのさ」
そこまで言うと、少し枯れたような声でおじさんはそう答える。目が真っ赤に腫れ上がり覇気のかけらも無いような、そんな声をしていた」
「おじいちゃんがですか?」
「そうだ、そんな人が多いんじゃないかな?大輔さんは。あの人に救ってもらった人、あの人に叱ってもらった人。あの人と殴り合いの大喧嘩したって人もいたな、今じゃ大問題だから秘密だよ?」
そう言うと、その人は少し悪戯っ子のようなそんな顔をして僕を見る。恐らくそんな顔が、この人の本性なんだろう。その目が真っ直ぐに僕を見ていた。
その目が、僕を貫いた。
「おじさん、おじいちゃんのこと、もっと教えてくれませんか?」
「いいとも、沢山ある。たくさんあるんだ...」
そのおじさんは俺に沢山の話をしてくれた。
今から思えば、祖父との思い出やもらったことの中に無駄なことなど1つもなかった。この葬式での出会いも、そんな祖父から貰った贈り物の1つだった。
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