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「あのね。私はずっと疲れてたのよ。クリエイティブ職は残業多いし。激務のくせに給料上がんないし。視認性が悪いフォントサイズの注釈を見つけるだけでデザインにイライラしちゃうし。やってらんなかったのよ」
「嘘だ!」
康之は大声で叫んだ。
私は驚いて、一歩後ずさりした。
康之は今まで私に怒鳴るということがなかった。穏やかな男なのだ。私の言葉を否定するのも珍しいことだった。
康之ははっとしたように、また声のトーンを抑えた。
「……グラフィックデザイナーはりっちゃんの小さい頃からの夢だったじゃん。貧乏でも、勤務時間が不規則でも、なんだかんだでいつも楽しそうにしてたじゃん」
「いやいや。楽しそうにって、定時で帰れる公務員のあんたに何が分かるのさね」
「違う。違うよ。自殺した原因は、……本当は、僕のせいなんじゃないの」
そう言われて、口を噤んだ。
――康之は、嘘をつかない。
その代わりというわけじゃないが、私は比較的嘘をつく方だ。遅刻の理由とか、忘れ物の言い訳とか、息を吐くように嘘をつける。
なのに、いざと言う時に言葉が詰まってしまうのは何故だろう。
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