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「……あなた、転職ってしたことありますか?」
橙に染まる夕空を眺めていると、ふと声を掛けられた。
振り返るとそこには灰色のスーツを着た男性が立っていた。
歳は四十半ばといったところだろうか。頭はぴっちりとした七三分けで、表情にあまり覇気がない。いかにもやる気のないサラリーマンといった印象だった。
彼からは先程名刺をいただいていた。名前はたしか、山田さんだ。
私は彼の問いに答えた。
「ええ、ありますよ。三回程」
「三回……結構多いですね。まだ二十代でしょう?」
「新卒の会社にずっといるとスキルが偏ってしまいますから。私、デザイナーなんですよ。二十代のうちはいくつか会社を渡り歩こうと思っていたので」
彼は聞きながら書類に文章を書き込んだ。
クリップボードに挟まれたその書類は履歴書のようだった。山田さんは〝備考〟と書かれた欄に今私が話したことを書いていく。
「なるほど。意識高い系なんですねえ。ええと、お名前は……」
「香川理央です。香川県の香川に、理科の理、中央の央」
彼は私の名前を書類に書き込んだ。そしてポケットからスマートフォンを取り出し、唐突に私の顔の写真を撮る。
すると不思議なことに、その書類の右上に私の顔写真が浮かび上がった。
「では理央さん。転職経験ありなら、失業保険って知っているでしょう?」
私は彼の手元を凝視していたので、いきなりの質問についおうむ返しで答えた。
「失業保険?」
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