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「ああ、花音さんですか。ぜんぜん雰囲気が違うのでわかりませんでした」
「そうですよね。私、昼間のお仕事の時は、お化粧は控えめにしてるから」
化粧だけでなく、髪型も違った。スナックで働いている時は、いつも髪をひっつめにしていたが、今は下げている。その分、若く、幼く見える。
「もしお時間あるようでしたら、お茶でもしません」
隆一が言う前に花音が言った。隆一にしてみれば絶好のチャンスだった。何度スナックに通っても、隆一に関心を示すことすらなかったのだから。
「ぜひ。僕のほうは会議が終わって帰るところですから」
「良かった。私も今もそのビルで打ち合わせが終わって家に帰るだけです」
花音が指さしたビルは大手旅行代理店のビルだった。隆一が時々行く喫茶店が地下にあったので、その店まで一緒に歩く。何か会話をしなくてはと思うが、もともと口数の少ない隆一は何を話せばいいかが浮かばない。
人々の歩く靴音が低く響いている。なぜか、既視感を覚える。
彼女からかすかに漂う香水の香りは隆一にある女性を思い起こさせた。それは、ある日突然何の理由も告げずに同居していたマンションの部屋から消えた女性のことだった。彼女がつけていた香水の香りに似ている。同じような事には二度と会いたくないと思っていたのだが…。
「あっ、ここです」
ようやくたどり着いた。
喫茶店で向かいあって座り、改めて花音の顔を見る。スナックで働いている花音はどこかで人を拒絶しているような底なしの孤独感が伺えたが、目の前にいる花音は清純な明るさと可愛らしさしか見えない。二人ともコーヒーを頼む。
「花音さんもコーヒーが好きですか」
「はい」
話の接ぎ穂が見つからず、とりあえず隆一は水を飲む。
「あの~」
二人同時に話し出した。そのことのおかしさに、二人して笑う。
「高山さん、どうぞ」
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