20人が本棚に入れています
本棚に追加
🦊🐖🌹
なんと広々とした更衣室だろう。誰もいないではないか。浴室はどうなっているんだ?誰か入浴しているのだろうか?心細いが、俺は勇気を出し、曇りガラスのドアを強く開ける。
霧のような湯けむりの中を、モーツアルトのクラリネット協奏曲がかすかに響きわたっている。内装が焦げ茶色の大理石のタイル張りとは、ずいぶん凝っているではないか。それに半円形の浴槽か、かなりの人数が入れそうだ。天井にまで届く硝子張りの壁窓が浴槽を仕切っている。柔らかな冬の日差しが硝子張りの壁窓を通して燦燦と差し込んでいる。浴槽から溢れるお湯のたゆたいが日差しに曝されて湯けむりの中で煌びやかに輝いている。硝子張りの壁窓の外には季節外れの薔薇の庭園が整然と並んでいる。あ-、まるで一幅の印象派の絵のようではないか。あの薔薇の庭園は、わずかに傾斜しているように見えるが、このホテルは崖の斜面を整地して建てられているのかもれない。
俺は、ゆったりとお湯に浸かる。まるで一仕事を終えた者のように。
目の前に黄金色の小さなキュピドン像が微笑んでいる。脇に携えた壺からは絶え間なくお湯が供給されている。何だろう。変な感じだ。どこか遠い異国のホテルのような錯覚に陥りそうだ。あー、眠むたくなってくる。意識がうつろになっていく。たぶん、そうなのだ。日常のなにもかも忘れて…。そうだったのだ。気が付かなかった。この手の楽 しみがあったのだ。アンドレ、おまえには決して理解できないこんな楽しみがな。ああ、気だるいわ。このまま俺はこの湯の中に沈んでいくのだろうか…、それでも構わない。構わない、構わないのだ。
最初のコメントを投稿しよう!